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弁護士手帳
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小野寺信一・畠山裕太の想いを綴ります。
2019/02/27
小野寺

【シェルパの読書日記:第一回】「よろずもめごと仲裁つかまつり候」

藤沢周平「よろずや平四郎活人剣」(文春文庫,上下巻)

 この10年,私が最も力を入れてきた仙台弁護士会の会務活動が「ADR委員会」。ADRはもう一つの解決手段という意味で中立の立場の弁護士(仲裁人)が間に入ってトラブルを収める民事調停のようなもの。年間120件程度の申立があり,盛況である。
 ADR委員会で現在「読書会」が行われている。当事者の納得を得るためには真っ先に法律を当てはめる私達の習性を直す必要がある。法律は常識の固まり。文学は常識への反逆。文学に親しみ,ADRとの接点を探ることが,習性を直し,腕のいい仲裁人になる近道である。
 さて,私の最も好きな小説家の一人,藤沢周平の「よろずや平四郎活人剣」は,ADR仲裁人を主人公にしたかのような時代小説。この主人公を第1回の読書日記に登場してもらう。

 主人公の神名平四郎は知行千石の旗本の子弟。といえば聞こえはいいが,内実は死んだ父親の妾腹の子で神名家の厄介者。芝露(ろう)月(げつ)町の裏通りにある雲弘流の道場仲間の北見十蔵,明石半太夫と道場を興そうではないかという話が持ち上がる。ところが,持ちかけた明石が平四郎と北見が預けた資金を握って家族と夜逃げした。
 明石が見つからない場合,その先の暮らしを考えねばならない。道場の話は取りやめになりましたと,おめおめと生家にもどれる立場にもない。暗く閉ざされた前途に,不意に北見が以前嘆息するように言ったひと言が穴を開けた。

「世の中,揉めごとというものは絶えんものだの」

 ひょっとすると,これで喰えるかも知れないという気がした。世に揉めごとがあれば,その収拾に金を払おうとする人間がいてもおかしくない。現に平四郎と北見は,明石半太夫に金を騙り取られたが,奉行所に訴え出ようまでは思わない。訴え出ても一文にもならないと考えているからだが,ここに一両の金で,明石から金を取り戻すことを請負う男がいたら,その男に一両を払うかも知れない。この種の揉めごとなら,世に掃いて捨てるほどありそうだった。小は隣家との喧嘩口論から,大は大名旗本に貸し金を踏み倒された豪商などというものまで,だ。奉行所に訴えて出るほどのことでもない,あるいは訴えても益ないがそれでは腹がおさまらぬというたぐいの揉めごと。これを引きうけて始末をつけ,何がしかの報酬を手にすることが出来れば,暮らしは成り立つ。

「貴公の達筆で,ひとつ看板を書いてくれぬか。文句はいま言う」

北見に依頼して書いてもらった看板は,

「よろずもめごと仲裁つかまつり候」

現在ならADR仲裁人。

 この小説の縦糸の一つが,この3人の道場再建のゆくえ。もう一つが行方知れずとなった許嫁の早苗との再会。早苗は塚原という三百石の貧乏旗本の娘だったが,突然塚原家が取り潰され,縁組も流れた。平四郎の記憶に残ったのは,これから大人になろうとする少女の,少し緊張して青白く見えた顔と,夕暮れの門前に,ちらと動いた白い脚だけである。
 小説の背景は,老中水野忠邦による渡辺崋山,高野長英らの蘭学者に対する弾圧と,それに抵抗する神名家の当主の兄監物との暗闘。平四郎は兄監物の用心棒として,水野の手先として弾圧を指揮する目付の鳥居耀蔵を護衛する奥田伝之丞と対決せざるを得ない。

これらの縦糸に,横糸として平四郎に持ち込まれる仲裁依頼案件が絡む。

  1. ① 将軍家の家系に連なる旗本の当主に辻斬りをやめさせ,一切を闇に葬るとの依頼(辻斬り)
  2. ② つきまとう悪い男と手を切りたいとの紙商のおかみからの依頼(浮気妻)
  3. ③ 十五年前,上役を斬って国元を逐電した浪人から,討手に談合に持ちこむ依頼(逃げる浪人)
  4. ④ 二十五年前,呉服屋に共に泥棒が入った仲間から盗んだ昔の金を返せと脅かされている商店の主からの依頼(亡霊)
  5. ⑤ 働き者だった油屋の主人が妾を囲ってから一変してしまったので,主人と妾を別れさせてほしいというおかみからの依頼(女難)

 平四郎の仲裁に共通する骨は,依頼者と相手の弱みを見つけること。これはADRと共通している。ここで③(逃げる浪人)を例に取る。

 依頼者戸田勘十郎は,自身の弱みについてこう漏らす。

 「名乗り出て武左衛門を討つことは,いとやすいことでござる。しかし,古沢には老母がいて,この上の泣きをみせることも憚られましてな。かたがたこちらにも,恥ずかしながら一緒に暮らしてもよいという女子が出て参った矢先でござれば・・・」

 依頼者の戸田は旧藩では五指に数えられ天心独名流の遣い手。であればということで,平四郎は討手の古沢武左衛門を説得する。

 「いや,貴公の事情はわかる。寝首を掻いてでも戸田を討ち取れば,家名はもどるしひょっとすれば加増ものだ。だが討ち漏らしたということになれば,家名再興はおろか,もどるにもどれんということだろうな」
 「しかし,もっと悪いことがあるのをお忘れではないのか?返り討ちになったら元も子もないということだ。公平にみて,貴公は戸田が逃げ回ってくれたおかげで,これまで命ながらえて来たという感じだからな」

と脅し,

 「そこで,物は相談だ。まず,戸田勘十郎を病気で死んだことにする。死んだ者は討てないから,貴公は戸田の髪とか,帯びていた刀とかを持って帰国する」

という案を出す。

 「そんなことじゃ,藩は承知せんぞ」
 「そんなつくりごとで,旧禄をもどすほど,藩のお偉方はおめでたくないぞ。笑止な話だ」

わめくが,平四郎は構わず説得を続ける。

 「そりゃ旧禄はむつかしいかも知れんな」
 「しかし聞いたところでは,貴公の家は藩でちょっとした家柄だそうじゃないか。まるまる百二十石を返してくれなくとも,家名を残し,旧禄の半分は許すぐらいには行くかも知れんて。三が一でもいいではないか。返り討ちになるよりはましだろう」

そして突っ放してみる。

 「無理にとは言わん。貴公が不承知なら,わしは手をひく。土台,さほど金になる話でもないからな」
 「ただし,さっき申したように,貴公は戸田の居場所を知らんが,戸田はこの家を知っておる。この話がつぶれると,今度は逆に戸田に狙われるかも知れんから,出入りに気をつけることだな。それとも,また江戸屋敷の長屋に逃げこむかね。」

 そこで平四郎は「戸田勘十郎は,二,三年前江戸の陋巷で野垂れ死にをした。その証拠の品である刀,着ていた物,髪の毛などが,玉宗寺の達玄の手もとにある。ということを古沢武左衛門にのみこませてから,江戸屋敷にとどけ出させる。和尚が江戸屋敷からの検使をうまくまるめこんでくれれば,古沢武左衛門は証拠の品を持って国元に帰ることになる」という仕掛けを考案する。

 このように双方の,特に相手方の弱みを掴み,それをカバーできる案を考え出すところが仲裁人の腕の見せ所である。弱みを掴んでベストの解決策をぶつけても,相手方がそれをそのまま受け入れることがないことも実際のADRと共通している。

 ③(逃げる浪人)では,討手の武左衛門は平四郎の案を受け入れる素振りを見せつつ平四郎を尾行し,戸田勘十郎の棲家をさがしあて,江戸屋敷から助太刀二人を同行させたが返り討ちにあい相果て,戸田は姿を消すという結果となった。戸田が一緒に暮らすつもりでいた女のところに平四郎が訪ねると,女が懐に手をさしこんで,小さな紙包みを取り出した。

 「神名さまがみえたら,これを渡してくれとあのひとにたのまれています」
 包みをひらいてみると一分銀が入っていた。平四郎は包み直して,女の手を取ると,その金を握らせた。
 「この金は頂きますまい。頼まれたことを,うまくはからえなんだ」
 女の手の甲をひたひたと叩いてから,平四郎は立ち上がった。
 「気長く待って上げなされ。戸田殿は,お内儀とめぐり合ったことを,この上なく喜んでいたようだ。そのうち必ず便りがござろう」
 外へ出たが,女は送って出なかった。行燈の光の中に,置物のようにうつむいて坐っている。
 ――うまくいかんもんだな。
 暗い町を両国橋の方に歩きながら,平四郎は胸が重くなるのを感じた。

というところに,この小説のリアリティーがある。仲裁案は,一度は失敗する。そこから再び立ち上がった案のみが真の解決策となる。これもADRと共通している。

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