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弁護士手帳
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小野寺信一・畠山裕太の想いを綴ります。
2021/10/05
小野寺

【仙台弁護士会会報No.516(2019年8月)掲載】「退職後の陰陽二筋」

小野寺 信一

 年1回の1泊旅行を続けている大学のサークルの友人達も退職者が増え,現役で働いているのは私を含め数名となった。仕事を離れるとどういうことになるのか。友人からの報告を聞いているうちに,退職生活に適合できるタイプ(陽)と適合できずに苦しむタイプ(陰)があることに気付いた。
 大手生命保険会社を退職し,しばしの間開放生活を満喫したI君は,軽い鬱になった。暇つぶしを探すことに疲れたのである。責任のある仕事を持たなければ鬱を解消できないと悟り,第2の職場を求め,元気なI君に戻った。70歳を過ぎて社会保険労務士の試験に挑戦し,昨年合格したK君もこの部類に入る。
 さて自分はどうなのか。元気なうちに老後を楽しみたいと弁護士をやめた同僚の姿を見ると,「そうでなければ」という気がする。しかし,仕事を離れた時,どういうことが待ち受けているか。自分のことになると想像がつかない。
 そこで,小さな実験をしてみることにした。2013年3月の,小笠原10日間一人旅である。旅先での様々なトラブルを添乗員との間に立って解決する事務局長的立場の団体旅行では,実験にならないと判断したからである。課題のない一人旅は初めてであった。
 結果をお知らせする前に,小笠原の感想を紹介すると,まずは「遠い」。
 3月16日午前10時に東京の竹芝桟橋を出航し,夕方6時頃,右手に八丈島を望むことができたが,それでもまだ行程の3分の1に至っていない。帰りの船の中で隣の客が「小笠原に行ってしまうと八丈島なんてすぐそこという感じだね」としゃべっていたがまさに同感。
 「遠い」ということは当然のことながら長い船旅を覚悟しなければならないということでもある。東京湾を出ると周期の長いうねりによる横揺れと縦揺れが顕著となり,本を読むと気分が悪くなるので,大広間のような二等船室で寝る以外ないという状態が続く。エンジン音と間断のない揺れで眠ったり目が覚めたりの繰り返しで,翌日の午前11時30分に父島に到着した。25時間半の長い船旅である。
 到着した日は海で泳いで海岸をブラブラし,2日目は乗り合いで釣りに行った。水深60~80mの底物狙いで,アカハタが次々かかってくる。水深が深いことと潮の流れが速く,風で船も動くので今まで使ったことのない大型の重りを使わざるを得ない。エサはサバとイカの切り身の二つ重ねで,いったん底に付けてから少し上げ,竿先の動きを見るという単純な方法。
 民宿に持ち帰ってフライにしたり味噌汁に入れて食べた。美味な魚で,一匹丸ごとのフライが居酒屋の人気メニューに載っていた。
 3日目は自転車を借りて島を巡った。島から見る透明感の高い海はハワイや沖縄以上であった。
 さて実験の方であるが,最初の3日間でやるべきことをしてしまい,3日目の午後,あっちに行ったりこっちに行ったりしながら暇を潰している時,軽い憂鬱感に襲われた。気付いたら集会所の小さな図書室で本を読んでいた。「何だろうこの気分は」と憂鬱感の正体を探っているうちに,フッと「島流し」という言葉が浮かんできた。このまま何もしないでこの島に留まるよう命じられたら,「島流し」ではないか。開放型の巨大な拘置所に収容されたような拘束感が憂鬱の正体であることに気づき,南の島に来て解放されずに拘束されていると感じるのは,いったいどうしたことかと思い悩むようになった。
 特にみじめな気持ちに襲われたのは,島の飲食店でテレビを見ながら一人で酒を飲んでいる夕食時である。かねて自分は「課題がない状況」と「一人ぼっち」が掛け合わさった時,平常心を失うのではないか,仲間と一緒なら心配ないが,一人になると危ういのではないかと危惧していたが,その不安が的中した。里心に抗しかね旅行を途中で切り上げ一便早い船で帰ることになった。
 仙台に戻って友達にそのことを報告したら,「小笠原まで行かなければわからないものかね。周りは行く前にとっくに気付いていたよ。何日持つことやらと噂していたところだ」と散々笑われた。同期(27期)の髙橋輝雄会員が庭いじりの「陽」を誇らしげに書いているのを見て,これを認めるのはくやしいが,実験結果からすれば,仕事を離れた自分が「陰」をたどることは間違いなさそうである。なぜ「陰」なのかつきつめてみると,
 ①暇ができたらあれをやってみたいという強固な趣味がない
 ②平常心を保つためには集中する時間が必要
 ③自分のために集中することは困難だが,他の人のためなら可能
 ④とすれば,自分を必要とする人(依頼者)が(自分にとっても)必要
 
 ということになり,時間と手間をかけ,仕事を離れられない情けない自分の姿を知ったという次第である。
 わずかに救われたのは,この文章を見た家族の反応が,
 「これまでも十分好きなことをやってきたんだから,別にこのままでイ~ン(陰)じゃない。」
 というものだったことだ。「ずっと好き勝手にやってきたのに何をいまさら」といったところか。家族からすれば「陰」と「陽」は既に融合しているということかもしれない。

以 上

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